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“防爆計装”−そのグローバル化と国内事情
1999年2月
キーワード「IEC防爆/国際比較/動向 」
1.はじめに
筆者が今までに何回かのIEC/TC31 meetingに出席した際に,そこで討議される内容および指向している技術思想とわが国との実態との遊離をいやというほど味わってきているが,ここ数年,主要国がIEC 規格,すなわち「世界標準規格」を自国の“グローバル販売戦略”面における選択肢の一つととらえる動きをみせるようになってきている。それこそ“一国至上主義的販売戦略”が通用しなくなった今当然のことであり,「適者生存の論理に基づくグローバリズムの時代」に突入していると考えられる。
わが国の場合,IEC 規格をそのようにとらえる動きがあるだろうか,筆者の知る限りスポット的に一部の輸出品の仕様に適用されることはあっても,グローバルな視点でとらえるという動きはほとんどないようにみえる。それは,“標準”という日本語で表記される概念の重みを理解していないことによるものかも知れない。
もともと日本人に“グローバル化”を期待すること自体が無理な要望かも知れないが,IEC 規格は「どこか遠いところで決められたもの」で,今まで慣れ親しんできた国内規格とは異質なものとみてしまうようである。いま自分達が使っている日本語の規格の“ルーツ”−たとえば,日本語になる前の原典が何であったか−を究めずにわが国独自の“オリジナル”なものという錯覚に陥っているためか,それがもはや国内だけしか通用しないということにはあまり違和感を抱かず,いわば“一国至上主義”的な姿勢が見え隠れしているように思われる昨今である。
今一番懸念されることは,IEC が進めているIECEx scheme(国際相互認証制度)で,いわゆる“National difference”をもつ国々に対してある期間かけてそれを解消していくという方針すら受け入れようとする動きがないことである。そもそもわが国には“National difference”という認識すらなく,このままで果たして“適者生存”の時代に生き残れるだろうか?
日頃から筆者は,この問題の解決は極めて簡単だと考えている。すなわち,IEC規格は,表1に示すような国々の合意の上で制定されており,それぞれ相互に改めて説明を要しないものである。まさに“グローバル・スタンダード”である。これに反して国内規格に固執すれば,相互の違いを一々説明しなければならないであろう。“戦略”上どちらが得策かを考えれば答は明らかではなかろうか。ただしこの場合,“一国至上主義”を捨てて日本人が苦手とする“戦略”をたてることが避けて通れない必要条件である。
長々と“グローバル化”の問題点を述べてきたのはそれなりの理由があってのことである。それは,何十年来(?)変わらないわが国の実態に対してIEC 規格の方はどんどん進展し,新規規格を制定したり,あるいは現行規格を改訂したりと変化が激しく,相互の技術思想の遊離がますます大きくなりつつあるという懸念があるためである。
次に,“グローバル化”のbarrierになっていると考えられる例示を紙数の許すかぎり挙げてみるが,それらは単なる情報としてではなく,いかにしてわが国の中に取り込むかの方策を読者に考えてもらいたいためのものである。
